紫式部 ベストセラー「源氏物語」の天才作家は清少納言とバチバチ 楽しい日本史 -偉人編- 07

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世界初の長編小説にして大ベストセラー小説「源氏物語」を書いた天才作家 紫式部についての以下のような疑問を学習する記事。

  • 紫式部はどんな人?
  • 紫式部のすごさは?
  • 紫式部と清少納言の関係は?
  • 紫式部と藤原道長の関係は?

紫式部の情報

時代平安時代
身分女房・作家
出身地京都
別名日本紀の御局
生没年973年頃~1010年

時代背景

紫式部のすごさ

ねたまれる才女

紫式部はとても賢く、当時の女性では学ばない漢文や漢詩もスラスラと読み書きができた。歴史にもくわしく、その才能は一条天皇にも褒められるほどだった。でも、あまりにも目立っていたため、職場の仲間からは「日本史オタクのインテリ女」とねたまれていた。

大ヒット作品「源氏物語」

いろんな批判を受けながらも小説「源氏物語」を書き始める。すると、これが大ヒット。藤原道長にも認められる存在となり、道長の娘・彰子の女房に抜擢されます。天皇と道長を味方につけた紫式部をいじめる人は、もはやいなくなる。
※女房とは、皇族や貴族に仕える、身分の高い女官

「源氏物語」の内容

「源氏物語」は、ハイパーイケメンの光源氏が多くの女性と恋をするロマンス小説。登場人物は何と100人以上いる。それなのに矛盾がなく、リアリティのあるストーリーで、現在に至るまで1000年以上も人気の衰えない作品。こんな作品は世界でも類を見ないそうで、織田信長や上杉謙信も愛読者。現代に至っても漫画や映画になりファンは増えている。

紫式部ってじつは・・・

清少納言との関係

清少納言とは同時代の作家。清少納言は一条天皇の最初の正妻・定子の女房であり、「枕草子」というエッセイを書き上げた。日本の四季が美しくリアルに語られ、読んだだけで風景が見に浮かんでくる名作。その表現は、紫式部の「源氏物語」にも大きな影響を与えたと言われている。
そんな清少納言と紫式部との関係は、宮廷にいた時期がかぶっていないので顔見知りではなかったとされているが、紫式部は清少納言のことが嫌いだった。それは、清少納言が「枕草子」に紫式部の夫・藤原宣孝の悪口を書いたから。しかも、宣孝が死んだ直後という最悪のタイミングで、亡き夫をバカにされて激怒した。

道長と貴族へご立腹

「源氏物語」が完成した1010年ごろ、藤原道長が自宅で大宴会を開き、紫式部も招待された。ところが、そこで酔っぱらった道長に追いかけまわされ、むりやり和歌をよまされた。そのうえ、酔っぱらった貴族が「紫の上はどこー?」と絡んできたので紫式部はブチギレした。紫の上とは「源氏物語」に出てくる光源氏の妻で絶世の美女のこと。紫式部はのちに、「光源氏のようなすてきな男性がいないのに、都合よく紫の上みたいな美人がいるわけないじゃない。」と日記に毒づいていた。

あとがき


偉人に興味を持ち、その人物軸で時代背景や文化、歴史についても興味が持てればもっと楽しく学べると思う。

ではまた、ごきげんよう。

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