・イギリスは経済繁栄とともに自由主義的改革を推進
・政権がめまぐるしく変わるフランスで資本家が成長
・植民地をめぐりイギリスとフランスが対立する
このイギリスの繁栄とフランスの変遷について、「ヴィクトリア時代のイギリス」、「フランスの帝政と共和政」、「大英帝国とフランスの植民地」を学んでいきたい。
そこで、今回の内容はこちら
- ヴィクトリア時代のイギリス
- フランスの帝政と共和政
- 大英帝国とフランスの植民地
年表
いつ | できごと |
---|---|
1837年 | ビクトリア女王が即位し、大英帝国は最盛期に |
1840年 | イギリスと清の間でアヘン戦争が勃発 |
1848年 | 二月革命が勃発。ルイ=ナポレオンが大統領に当選する |
1856年 | イギリス、フランスと清の間でアロー戦争が起こる |
1871年 | パリ=コミューンが成立。4年後に第三共和政確立 |
1881年 | フランスがチュニジアを保護国化する |
1882年 | イギリスがエジプトを支配する |
1898年 | ファショダ事件。イギリス軍とフランス軍が衝突 |
ヴィクトリア時代のイギリス
ヨーロッパ大陸諸国が革命の弾圧に追われている頃、ひと足早く議会政治が定着していたイギリスでは、身分や性別に関わらず国民に選挙権を認めたり、国家が関与しない自由な貿易制度を整えたりと、自由主義的な改革が推進。
ビクトリア女王のもと絶頂期を迎え、平和な時代を築いた。
フランスの帝政と共和政
一方フランスでは、二月革命のあと独裁権を握り皇帝となったナポレオン3世が、積極的対外政策を進め、パリ市街を近代都市に改造。
しかし、普仏戦争に敗れて失脚すると、降伏を認めない民衆たちが立ち上がり、世界初の労働者による自治政府パリ=コミューンを樹立。
臨時政府に鎮圧されたあとは、共和政憲法が制定され、再び共和政となった。
大英帝国とフランスの植民地
ヨーロッパ列強は、アジアやアフリカを次々と植民地化し勢力圏を拡大、帝国主義を進めた。
百年戦争や北アメリカの植民地戦争で対立したイギリスとフランスはアフリカでも対立。
エジプトからケープ植民地まで、アフリカを縦断するイギリスと、チュニジアから横断するフランスが衝突した。
まとめ
今回の内容をまとめると
- ひと足早く議会政治が定着していたイギリスでは、身分や性別に関わらず国民に選挙権を認めたり、国家が関与しない自由な貿易制度を整えたりと、自由主義的な改革が推進。
ビクトリア女王のもと絶頂期を迎え、平和な時代を築いた。 - フランスでは、二月革命のあと独裁権を握り皇帝となったナポレオン3世が、積極的対外政策を進め、パリ市街を近代都市に改造。しかし、普仏戦争に敗れて失脚し、世界初の労働者による自治政府パリ=コミューンを樹立。
- ヨーロッパ列強は、アジアやアフリカを次々と植民地化し勢力圏を拡大、帝国主義を進めた。
百年戦争や北アメリカの植民地戦争で対立したイギリスとフランスはアフリカでも対立。
ではまた、ごきげんよう。